電気機器のしくみ
電気なデンキ。日本初エレキテルの復元を遂げたイノベーター・平賀源内 その2
平賀源内といえば、江戸時代にエレキテルの修理・改良をしたことで知られていますが、実はそのほかにもいろんなものを試作品や発明品として生み出しているのです。
幼少期からの好奇心と知識がいよいよアウトプット〜青年期の発明
本草学、鉱物学、蘭学など、少年時代から好奇心の赴くままに学び続けてきた平賀源内。思い立ったら行動せずにいられない彼は、既存のものに少し工夫を凝らして新たなものを創作したり、自分で0から発明したりして数多くのものを作り出してきました。量程器、磁針器、平線儀、寒暖計、水銀鏡、顕微鏡、火浣布、飛行船、懐中電灯、オルゴールなど、現在も目にすることができるものはほとんどありません。その1では、最初の発明品として「お神酒天神」を紹介しましたが、この記事では現代でも身近なものを中心にご紹介しましょう。
今でも身近に?発明品のあれこれ
竹とんぼ
竹を切り出してプロペラ状の竹片とし、中心に軸となる竹ひごを取り付けるだけ。両手をこすり合わせるように回転させれば、プロペラの揚力で空へとぶ。ちょっと細工を施すだけで簡単に作れて誰でも楽しめる。そんな竹とんぼを発明したのも源内だと言われています。
熱気球
秋田県の仙北市で毎年盛り上がる伝統行事「上桧木内紙風船上げ」。雪深いこの地域で和紙をベースにした熱気球が夜空に舞い、非常に幻想的で美しい光景が広がります。始まりは銅山の技術指導に訪れた源内が熱気球の原理を応用した遊びとして伝えたもの。現在では、秋田の院内銀山と阿仁銅山を結ぶ街道が地元では「源内街道」と呼ばれるほど。彼が残した足跡はしっかり残っているようです。
ライター
1772年、ゼンマイを使用することを思いついた源内は、火打石と鉄を用いたもぐさやタバコ用の点火器を発明。これが日本で最初のライターとも呼ばれています。ゼンマイバネを使用して火打石に鉄をぶつけ、そこでできた火花が内蔵されたもぐさに点火、着火するという仕組みです。
量程器
1755年、源内が28歳のときに量程器を制作しました。これは現在で言う「万歩計」。長崎での遊学で学んだ知識を活かし、腕時計の自動巻などと同じ原理で、一歩ずつ歩いた振動を歯車でカウントします。
磁針器
これは、中央に支点を置き、水平に回転する磁石の動きによって方位を示すもので、現在では羅針盤ともいえるもの。1755年、高松藩の家老である木村李明に頼まれて制作したものだと言われています。
ざっと挙げただけでも、非常にいろんな製品を作り出したり、改良したりしていることがわかるのではないでしょうか。 ただしこれはほんの一部。その3ではコンサルタントとしての手腕を発揮した、鉱山・治金プロセス技術者としての源内の活躍をご紹介しましょう。