現場インタビュー
「困っている人を助けることが私の使命」東京オリンピック開会式でエッセンシャルワーカー代表に任命された電気技術者が語る仕事への誇り
2021年7月23日、オリンピックスタジアムで東京オリンピック開会式が開催されました。五輪旗をリレー形式で掲揚台まで運ぶシーンに突入し、リレーの終盤という大役を任されたのは、アスリートでも著名人でもなく、8人のエッセンシャルワーカーの代表。そのうちの1人として抜擢されたのが、東京電力パワーグリッドに所属する南條優希さんです。大きな舞台で、堂々と勇ましい姿を見せてくださった南條さんに、開会式出演時の思い出から現在の仕事について、たっぷりとお話を伺いました。
開会式1週間前に知った自分の出演シーンに驚嘆
—南條さんは今年度開催された東京オリンピックの開会式で、五輪旗を運ぶエッセンシャルワーカー代表の大役に抜擢されました。オファーをいただいた時の率直な感想を教えてください。
「オファーをいただいたのは、開会式が始まる1カ月ほど前の6月。話を聞いた時は、『私が東京オリンピックの開会式に参加するのか!』と驚きを隠せませんでした。と同時に、こんな貴重な経験をできるのは、人生で一度きりですし、大変光栄なことだと思いました。私が選出された理由ですか? 上司からは物おじしない性格だからと言われましたが、私自身はそうだと思っていなくて…。
私個人としては、180センチと身長が高く、実際にオリンピック競技会場周辺の配電設備の点検していたこともあり、現場で働いているというイメージ想起しやすかったことが選出された理由だと思っています」
—当日、開会式で五輪旗を運んだ瞬間はどんな気持ちでしたか。
「開会式の1週間前に行われたリハーサルで、五輪旗を運ぶ役目を担うことを知ったので、とてもプレッシャーを感じましたね。本番は、頭が真っ白。正直に言いますと、当日のことをあまり覚えていないんです。気付いたら終わっていました(笑)というのも、人生で1番、2番ぐらい緊張感を味わいましたから」
災害の復旧作業時に感じた、人々の暮らしを守るという使命
—南條さんが現在、所属されている東京電力パワーグリッド株式会社はどんなことをされている会社ですか?
「東京電力パワーグリッドは、みなさんのもとへ安全・安心に電気を届ける送配電事業の会社です。各ご家庭で電気が使えるようになるには、電気を作る発電、作った電気を届ける送配電、届けられた電気を受けとって使うという過程があります。その3つの流れの中で東京電力パワーグリッドは、送配電を担当しているのです。
発電された電気は非常に高圧なため、各家庭や建物でそのまま使用することはできません。そこで、変電所を経由し、段階を踏んで電圧を下げていきます。そうして電圧が下げられた電気は、電線や電柱を伝い、各建物に送られていきます。電線や電柱を総称して配電設備と呼ぶのですが、私は同社大塚支社にて、この配電設備のメンテナンスを担当しているのです」
「保守メンテナンスの領域は、6600Vもある高圧電流から100 Vまで。路上やマンションなどに設置された大きな箱を見たことがありませんか?あれが変圧器と言われるものです。お客さまに電気を送る、電柱、電線に関わる設備をメンテナンスしていますので、日頃からヘルメットを被り、高電圧の電気が流れているところや高い場所で作業をしています」。
—電気業界を働く場所として選んだ理由は何ですか?
「私の原点は中学校の時に受けた技術の授業。実技でライトをつくる授業を受けた時に、灯りがついた瞬間、心がポッと明るくなって…中学生ながらに感銘を受けたんです。それから電気に興味を持ち、進学先も工業高校の電気科、大学でも電気科を選び、電気について学び続けてきました。就職先を東京電力に選んだ時、大学の先生からも『とても良い会社だよ』と勧められました。電気業界について詳しかったので、建設業で働く父にも就職について相談をしたのですが、『いいんじゃない?』と背中を押されまして。『ここで働きたい!』という思いが強まっていきました」
—電気業界と言っても、非常に幅広い職種があります。なぜ配電設備のメンテナンスをご希望されたのでしょう。
「工業高校に通っていた頃から、電気設備のメンテナンスや発電所に興味がありました。また、電気を毎日利用する、一般のお客さまのもっとも近い場所で働きたいと思っていたことも理由です。今は希望通りの職場で働いているので毎日が充実しています!」
—入社してから今までで一番印象に残った仕事はございますか。
「入社2年目の2019年に遭遇した台風19号による復旧活動は忘れられませんね。強風による飛来物や倒木などの影響で電柱に付いている設備が壊れてしまい、1秒でも早く復旧させるため、とにかく奔走しました。少しでも早く灯りを届けたい。そんな気持ちで必死に作業にあたっていました。そして、この体験を通して、電気が使えるということは日常的なこと、当たり前なことではない。私たちが電気設備を守っていかなければ、その当たり前を保持できないのだと痛感しました」
—このような緊急時に、仕事で気をつけていることはございますか。
「電気の仕事はつねに危険と隣り合わせですから、メンテナンス作業に加え、リスクの察知、早急な対応、怪我なく速やかに改修作業を行うことを大事にしています。また、こうした災害による弊害にも注意を払うようにしています」
—たしかに、弊害があると作業もより困難になりますから、先のリスクを想像することは非常に重要なことかと思います。そのような視点を持つことができるのは、南條さんが今まで培ってきた経験がものをいうのでしょう。ちなみに、新卒で入社された時から現在まで、このお仕事を通して何か「変わったな」と思うことはありますか。
「そうですね、良い意味で、まさか自分が電柱に登って改修作業をするとは、という感じです(笑)。実際に工事もするし、経験を積めば、今度は工事を管理する立場になる。学生時代に7年ほど、電気を学んできましたが、まだまだわからないこともあるし、今もまだ半人前だと感じています。もっと現場を踏んで、多くを学んでいきたいですね」
—お仕事へのやりがいを感じる時はどんな時でしょう。
「私は停電や火災など、緊急対応時の対応も任されています。たとえば停電時。私の作業によっていつもの生活を取り戻された時、お客さまから『ありがとう』と感謝の言葉をいただくのですが、その時に、やっぱりこの仕事をやっていて良かったと思いますね。復旧作業はスピーディーな対応と体力が求められるので、大変なことも少なくはありません。それでもお客さまに安心・安全な状態で電気を送り届けることができると嬉しく思いますし、『ありがとう』の一言で、その大変さも吹っ飛んでしまいます」
この仕事は地味ではない。困っている人を救出しに行く仕事だ
—今後、チャレンジしたいことがあれば教えてください。
「電気業界の中でも『カイゼン』がテーマになっていますし、東京電力パワーグリッドでは、業務カイゼンや効率化を目的として現場のDX化を進めていますので、私自身もそれを推進していきたいと思っています。通常、電柱にある設備は人が電柱に登り下りして操作を行いますが、最近では遠隔で操作できるスマートメーターを使って作業することも可能になりました。また、故障の原因をデータで収集して設備が故障する傾向を分析することで、事故を削減するといった施策も行われています。
注目すべきはパワーアシストスーツ。これは、身体に装着することで、腰を始めとする体への負担を軽減したり、動きをサポートしてくれたりするものです。現場作業では、どうしても重いものを持ったり、電柱を登ったり、体力が必要な作業が発生してしまいますが、パワーアシストスーツがあれば、誰でも身体に負担をかけることなく作業を行うことができるんですよ!」
—そのスーツを活用すれば、現場で活躍する女性がもっと増えそうですね。
「そうですね。実際に同期入社の女性社員も私と同じように現場で作業をしていますが、パワーアシストスーツなどを積極的に利用することで、年齢や性別に関係なく、誰もが現場で活躍できる環境を整備することができますから、そこに私も協力していきたいと思っています。
先述しましたが、遠隔作業が行える機器が活用できれば、メンテナンスの範囲を狭めることができますし、現場に行かねばわからなかったことも、データの取得によって、事前に内部で状況を把握し、適切かつ効率的な作業を実施することができるようになります。そうすることで働き方も変わっていくでしょうし、今後、さらに働きやすい環境になっていくと信じています」
—オリンピック開会式という華々しいステージと相反して、現場はやや、地味な印象を受けますが…
「私自身、この仕事を地味な仕事だとは思ったことはありません。このお仕事は、お客さまから「困っているから来ていただけませんか」という依頼を多く受けます。人々に必要な電気を安定して利用できるようにする。それが使命なのです。オリンピックやコロナの影響で、このお仕事が注目されるようになりましたが、今後も私たちにとって安定的な電力供給を行うことは変わりません」
—ご自身のお仕事に誇りを持って日々、取り組んでらっしゃるんですね。非常に素晴らしいと思います。さて、ここで最後の質問です。南條さんにとって電気とは?
「手のひらにあるスマホも、毎日使用する冷蔵庫やパソコンも、電気というエネルギーによって動いています。そして電気を伝って稼働する機器たちが、私たちの暮らしを快適かつ豊かに彩ってくれているのです。ですから、私自身は、電気は人の生活と心を豊かにしてくれるものだと思っています」
プロフィール
南條 優希
新潟県出身、2017年度に東京電力パワーグリッド株式会社に入社し、大塚支社大塚制御所配電保守グループに所属。現在は、「お客さまの安心で快適なくらしのために、電気を安定的にお届けし続ける」という使命を胸に、街中にある電柱・配電線の維持・管理業務や停電復旧業務などに従事。東京2020オリンピック競技大会の開会式では、エッセンシャルワーカーのひとりとして五輪旗を運ぶという大役を務めた。
<執筆>
野田綾子